考える2022.02.10

宇宙意識とアート。 -表現はロケットだった-

photo:New Picture Library / Aflo, akg-images/Aflo

長野県にある『フェンバーガーハウス』は、宗教学と美術学を学んだロジャー・マクドナルドさんのハウスミュージアム。その扱うテーマの一つが「宇宙意識=Cosmic Consiousness」だ。

 

そもそも「宇宙意識」とはアメリカの心理学者であるリチャード・モーリス・バックが1901年に執筆した著書のタイトルであり、目に見えないパワーを宿した意識状態を指す言葉でもある。何か怪しい雰囲気も漂うが、バックがこの本に残したのは、宗教者だけでなく、アーティストや一般の人々の宇宙意識の体験談。彼らがある日突然経験した一種のトランス状態は、その人の視野を広げ、森羅万象を司る宇宙の領域と繋がる役割を果たすのだという……。

 

ロジャーさんが研究しているのは、その宇宙意識とアートの交わり。バックの本では “無意識に宇宙に到達した人”の事例が紹介されているが、ロジャーさんいわく、古くから人々は意識的に宇宙という存在に近づこうと表現活動をしてきたのだとか。

 

昔の人は宇宙をどう捉えていたのか? そして、それをどう表現していたのか? ロジャーさんと一緒に “科学が発展する以前の人類の宇宙旅行”について考えてみた。

そもそも昔の人々は宇宙をどう捉えていたのか?

 

「宇宙は今の科学や物理学的に見ても未知なるもの。だからこそ好奇心が刺激され、人々はそこに夢やロマンを抱いてきました。その “答えがない存在”というのは特に芸術家にとって最高の主題で、自分の中にあるモヤモヤや希望を反射する鏡であり、巨大なキャンバスのような存在といえる。心理学者であるC.G.ユングの言葉を借りれば、宇宙は“元型”と言えます」と話すロジャーさん。

 

元型とは、“母親=命を生み出し包み込んでくれるもの”といったように、時代や地域を超え、神話・伝説・夢などに繰り返し登場する心理的な象徴。つまり「宇宙=未知であり神秘」という認識は、太古から人間の意識に刷り込まれているというのだ。

 

 

「科学が発展する前の時代においても、我々の祖先は夜空に浮かぶ星や満月を眺め、そこに不安や喜びを反映していたようです。言い換えると、宇宙という未知の空間は、人間の心を支える味方のような存在でもあったということです。実際、新石器時代のストーンヘンジや縄文時代のストーンサークル、アステカ帝国の建築など、世界中には星空や宇宙との関係性を何らかの形で残したとされている例が多く見られます。エジプトのピラミッドも、一説では亡くなった王様を天に昇らせるための巨大な階段だったと言われていますよね。そして、僕はこれらの遺跡は技術が発展する前の一種のロケット技術と言えるんじゃないかと考えているんです。もちろん実際に発射はしませんが、人間と宇宙領域をつなぐための装置という点では共通しますから。さらにはこういった非科学的な文化宗教の中で宇宙観が生まれ、それが16世紀以降の近代科学の下地となり、ガリレオが発明した望遠鏡で天文学が進歩し……という歴史を振り返ると、古代の文化宗教は今の宇宙技術と切り離すことができないなという気がします。そのもっともな例がヨーロッパの錬金術です。それに関する文献を見ると、やはり錬金術には宇宙が大事な要素でした。火や水などの既に地球上に存在する様々な物質を使い、どう神の領域、あるいは宇宙領域に発展できるかということが命題となっているんです。しかも、ニュートンも錬金術に関心があったことを考えると、やはり科学と切り離せないことがわかってきます」

 

絵画作品も宇宙への発射装置

 

 

「そしてもう一つ、錬金術の他に面白いと思うのが風景を水墨で描く中国の山水画。1000年以上前の宋の時代に花開いたジャンルです。描いているものは石や木、川などの地球上の自然ですが、当時の絵師が残した文献を読むと、道や仏教の影響からか、絵が目指す先に “理”と呼ばれる天国や宇宙という概念があるのです。つまり、絵の中で自然風景を旅して山を登ることで宇宙に到達できるという考えのもとで絵師は山水画を描いていたのです。このように作品として見ると全く宇宙とは関係のないものに見えても、その時代の絵師たちの考え方や思想をちょっと探ると、宇宙との関わりがあったという事例はたくさんあるのです。きっと当時はテレビやパソコン、バーチャルリアリティなんていうのも何もない時代。そこで絵画や彫刻が人間の心と感情に及ぼす影響はきっと今とは比べ物になりません。その点で、絵画もまた想像力を通して、宇宙へ意識を発射するような装置だったと考えられます」

 

こういった事例はもちろんヨーロッパにもあるとか。

「ルネサンス絵画もロケット的役割を果たしていたと思います。シャルトルやノートルダム寺院などの中世ヨーロッパの大聖堂は、建物からすでに天に向かって上がっていくようなロケット装置のような形をしていますしね。こういったゴシック建築はそれまでにはあり得なかった技法ゆえ、たとえ聖書を読めない人が訪れても、荘厳なステンドグラスの輝きと建物の迫力に圧倒されて、神聖なものを体感できるようになっていたのだと思います。ドイツの哲学者ルドルフ・オットーは大聖堂で感じる壮大な気持ちを『ヌミノーゼ』と呼んで、美術理論の中では言及されてきました」

 

 

ここで気になることが一つ、科学が発達した“今”だ。

「宇宙は古代の人にとっては希望の象徴でした。でも、その未知なる存在のことが科学的に解明され始めると、宇宙が持つ黒さや深さといった、恐怖感も新たに抱くことになったのです。だから宇宙の全容がわかってきても、表現者に影響を与え続ける存在であることに変わりはないのだと思います。そうそう、アートから外れますが、最近『スター・トレック』でカーク船長を演じたウィリアム・シャトナーさんが、本物の宇宙飛行を実現させたニュースを目にしたんです。インタビューを受けたウィリアムさんは感動で泣いていて、『宇宙に行く喜びがあったけれど、到達して振り返ったら真っ暗な宇宙の中に美しく光る地球の光景があり、神秘体験として感動した』と。この姿を見てイエスやブッダといった宗教家の活動を思い出しました。技術がない時代は瞑想などを使い、マインドの中でそういう神秘体験をしてきたわけです。つまりは神秘体験は宇宙に行かずの宇宙体験ということ。ここでいう『宇宙体験』はもしかすると自分の普段生活している主体性や自我が大きく拡張することかもしれません。深い実感として感じる『無限のつながり』とも言ってもいいですね。宇宙へ実際に行った人は科学にのっとって先へ行く未来人でもあるけれど、“縄文人”とも言えるんです(笑)」

 

この記事のReference
『宇宙意識』

 

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