特別連載2021.12.02

平野陽三、宇宙へ行く。vol.60 11月18日:モスクワ最終日。

photo & text Yozo Hirano

出発まであと20日。

長かったロシア滞在も今日で最終日。明日は朝早くから出発して、打ち上げ基地があるカザフスタン・バイコヌールを目指す。今日はバイコヌール入りするための、念のための最終メディカルチェック。もう何回やったんだっていうくらいやっている一連の診察をひとつずつ受けていく。

 

いつも通りドクターたちの診察を受けると、一点だけいつもと違うことがあった。診察が終わってドアを出る間際、「行ってらっしゃい。フライトの成功を祈ってるよ。」と、どのドクターも優しく笑顔で送り出してくれた。次にドクターたちと会えるのは帰還後。スターシティでの経過観察期間にまたお世話になる。

 

自習室に戻り、教科書類をすべて返却した。教材には機密内容も含まれているため持ち出しは厳禁。抜け落ちているテキストナンバーがないか、入念にセキュリティのチェックが入った。

 

その間に僕たちは溜まっていたファンレターにサインをした。ファンレターと言ってもまさか僕のファンであるわけではない。世の中には一定の宇宙フリークがいて、毎回のフライトのたびに手紙とSNSやネットの切り抜き写真をスターシティに送ってきてはサインを求める人たちがいるのだという。その中にはロシアだけでなく、アメリカやヨーロッパからの手紙も含まれていた。残念ながら日本からのオファーはなかった。

 

自習室を綺麗に片付けた後はジムに寄り、ロッカーに置いてあったスイミングウェアやトレーニングシューズなども引き上げた。ジムやプールとも一旦お別れだけど、ここにも帰還後に戻ってきてリハビリとして使用するらしい。リハビリと大袈裟に言っても、僕たちのISS滞在は12日間だけなので、体調の経過観察中の軽い運動といった感じ。

 

さて、ホテルに戻ってからは、今日は2つビッグイベントが待っていた。1つ目は、2ヶ月間伸ばしっぱなしでボサボサになっていた髪を、バイコヌール入りする前にようやく散髪する。そのためだけに、前澤行きつけの美容室オーナーの山本さんをモスクワまで呼び寄せた。僕もここ数年、前澤の紹介で山本さんにカットをお世話になっていて、この日をずっと心待ちにしていた。適当にモスクワの美容室に入って散髪してみるのも面白いかも、とも話していたけど、わざわざ日本からカットのためだけに山本さんが来てくれることを考えたら、この日まで伸ばしっぱなしにしておこうと思い、我慢していた。

 

ホテルの中にあるサロンを貸し切って、前澤はカラーとカットを、僕はカットだけなのでほんの20分もせずに終了したけど、久しぶりに会う山本さんとの会話と、すっきりしていく髪型に気分があがった。山本さんは宇宙とか未確認飛行物体とかそっち系の話が大好きで、僕なんかよりもずっと興奮していた。そしてカットが終わった後、前澤と僕に明治神宮で買った交通安全のお守りをくれた。ロケットって交通安全でいいのかな、とふと考えたけど、たしかに交通安全以外ないよな、と思い直した。こういう山本さんの心遣いが有難い。

 

コロナ禍で渡航も大変な中、わざわざカットするためだめに単独ロシアまで来てくださり、本当にありがとうございました。

 

もう一つは、ちょっと早い前澤の誕生日をディナー後にサプライズでお祝いした。前澤の誕生日は4日後の11月22日だけど、その頃にはバイコヌールで僕と小木曽だけしかいなくなるので、スタッフ全員がいるうちに、少し早い誕生日をどうしてもみんなで祝いたかった。日本にいるスタッフも総力をあげてお祝いビデオを作ってくれていた。

 

もうサプライズ慣れしてしまっている前澤をどうにか喜ばせたくて、僕たちはもう一つとっておきのプレゼントを用意していた。これで感動させられなかったらもうほとんど手立てはない。漫画「宇宙兄弟」の小山宙哉先生に、ロシアのソコル宇宙服を着てISSのキューポラにいる前澤を書き下ろしていただいた。しかも小山先生の直筆メッセージとサイン付きで。宇宙兄弟が大好きな前澤は大いに感激し喜んでくれた。何度も「これはヤバイね」と繰り返し、ずっとその絵を見返していた。

モスクワ最後の夜は、最高の夜になった。

 

<次の記事>vol.61 11月19日:バイコヌールへ。

 

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