特別連載2021.12.05

平野陽三、宇宙へ行く。vol.64 11月22日:カザフスタンでの誕生日会。

photo & text Yozo Hirano

出発まであと16日。

朝の気温はマイナス2℃。覚悟していたよりは寒くない。朝食前にみんなでホテルの敷地内をウォーキングして体を起こさせる。

 

朝食はパンと目玉焼きにソーセージという、ごくごく普通のモーニングプレート。卵もソーセージも美味しい。朝食と一緒に、フライトドクターに苦い薬草シロップみたいなものをスプーン一杯舐めさせられる。知らないけど体に良いらしく、毎日必ず飲むように言われた。確かに何かしら体に効くであろう強烈な苦味だった。

 

朝食の後はカンファレンスルームに集まって、ソユーズとISSの基礎的な注意事項についておさらいの講義が開かれた。バイコヌールに入ってもやはり座学は続くのかと思った矢先、もうほぼ内容は分かっているだろうからと、30分そこそこでさっさと終了した。

 

講義のあとは、ティルトテーブルとスピニングチェア。これはバイコヌール名物で、ほぼ毎日行なって体を宇宙に向けて準備していくのだという。ただ、GCTCでやったようなテストではないので、無理のない範囲でトレーニングとして続けられれば良いとのこと。

 

ティルトテーブルでは、ベッドに横になった状態で体をマイナス15°、30°、45°にそれぞれ傾けられ、頭に血が上った状態で数分キープした後、一気に垂直に戻して血流を頭から下に戻していく。この運動を数回にわたって繰り返す。無重力の宇宙空間では上下左右がないため、血流が頭に上りやすいらしく、それに近い状態を作り出しているのだという。

 

ティルトテーブルで体を宇宙空間に近づけた状態で、そのまますぐさま回転椅子へ。これは前にも日記で書いた通り、僕は苦手意識の塊のような、一番辛いトレーニングだ。これまで何度か行なっているうちに実際体が慣れてきてはいるけど、ドクターが無理しなくて良いということなので、お言葉に甘えて敢えなく3分でストップコールさせてもらった。たったの3分でも、半日以上なんとなく気持ち悪い感じを引きずった。

 

このティルトテーブルと回転椅子はロシア特有のトレーニングで、NASAやJAXAでは行われていない。人によっては全く宇宙酔いとは関係ないと言うらしいけど、それでも明日からは気合い入れて、少しずつタイムを伸ばしていこうと思う。やらないよりは、やっておいた方がいい、だ。

 

回転椅子の気持ち悪い感じを引きずったまま、続いてはフィジカルトレーニングへ。GCTCから僕たちを担当してくれているトレーナーがバイコヌール入りしてくれていて、毎日のトレーニングをサポートしてくれる。ランニングやウェイトを中心に約2時間。フィジカルも打ち上げまで毎日スケジュールされる。

 

さて、本日のメインイベント。今日は前澤の46回目の誕生日。先日モスクワを離れる前にスタッフみんなで早めのお祝いをしたけど、今日が誕生日当日。ノープランの僕と小木曽だけでどうしたもんかと思っていたら、なんとGCTCのスタッフの皆さんがこっそりサプライズを用意してくれていた。

 

手描きのソユーズにみんなからの寄せ書き、カザフスタンの民族帽と伝統的な絵付け皿、大きな特性ケーキに、バラの花束。食事の部屋にはHAPPY BIRTHDAYのデコレーションも。そしてサシャからは、彼が前回のフライトのときにISSに持っていった、世界で初めて宇宙に行って帰ってきたバドミントンラケットがプレゼントされた。バイコヌールに入ってから、バドミントンを一緒にやろうと約束していたのだ。

 

実は前の日の晩から、みんなで部屋に集まって絵を描いたり寄せ書きしてくれていたのを知っていた。カザフスタンの知らない地での、アットホームな手作り誕生会。心がとても温かくなった。

 

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