きく2021.12.16
text: Katsumi Watanabe
国内外問わず、宇宙や星をモチーフにした楽曲やアルバムはたくさんある。確かに、まだ見ぬ惑星に想像を膨らませるし、美しい星空はラブソングのテーマにぴったりだ。 しかし、海外の宇宙をテーマにした作品を調べてみると、音楽家のバックグラウンドや社会的、文化的な背景なども色濃く反映されていることがわかった。この連載では、宇宙をテーマにしたアーティストとジャケットを中心に調べてみよう。
今回は1970年代、最新のデジタル機器を駆使し、ファンクやソウルミュージックを取り込み、革新的なジャズ〜クロスオーバー作品を作っていったハービー・ハンコックの宇宙ジャケットについて。
今でもテレビ番組のBGMとして頻繁に使われているハービー・ハンコックの『Rock It』。1983年発表に発表されたアルバム『Future Shock』(ちなみにタイトル曲はカーティス・メイフィールドのカバー!)の冒頭を飾る楽曲で、2021年の現在では、スクラッチとシンセサイザーの組み合わせが能天気なパーティチューンに響くけど、楽曲が発表された83年当時は、まだヒップホップはNYで生まれたばかりの音楽、そして使用されたショルダー型のシンセサイザー(ショルキーと呼ばれていました)は最新の楽器として、一般的には認知されていなかった。だからこそ、第26回グラミー賞で披露されたライブシーンは「未来の音楽」として語り継がれた。確かに、いわゆるバンド中心だった授賞式のショーステージに、DJとショルキーを持ったハンコックが現れたんじゃ、見ている方は一体なんだか分からなくなるでしょうね。
ハービー・ハンコックは、1940年にイリノイ州シカゴで生まれ、7歳の頃からピアノレッスンを始め、クラシックの交響楽団とも演奏。演奏から理論まで、しっかりした音楽的の素養を持つピアニスト。’60年にジャズの名門〈Blue Note〉に所属していたドナルド・バードら、レーベル所属のセッションに参加し、プロとしてのキャリアをスタート。その後、同レーベルからソロ作品を発表。そして63年からマイルス・デイヴィスのグループへ参加など。ファーストリーダー作『Takin’ Off』(62年)のジャケットで垣間見れるビシッとしたスーツ姿など、20代前半にしてジャズマンとして超一流のキャリアを歩み始めていることがわかる。
そうなると、『Rock It』におけるエレクトロビートをバックに、踊りながらショルキーを弾くパリピ感。一体、ハービーに何があったのか……余計に気になるところ。彼のバックストーリーをもう少し掘ってみると、実はアイオワ州にあるグリネル大学で電気工学を専攻しているということがわかる。そこで当時はレコーディング技師に必要な録音用コンソールなどの仕組みなどを学んだという。それを踏まえれば、60年代後半にジャズ界ではいち早く、最新のエレクトリックピアノやシンセサイザーを作品に導入したことがよくわかる。そして、ハンコックが素晴らしいのは、ちょっとミーハーなところ。
60年代にはジェイムズ・ブラウンやスライ&ザ・ファミリー・ストーンの大ファンだと公言している。クールで、気難しいジャズマンとは一線を画し、〈Blue Note〉から離脱した際に作った作品が『Fat Albert Rotunda』という子ども番組のサウンドトラックというのも、やはり軽い(いい意味で)。
70年代に入ると、60年代に取り組んでいたアコースティックなモダンジャズから、新たな電子楽器を導入した、新しいジャズを模索する姿勢が著しくなっていく。73年の『Sextant』ではリズムボックス、シンセサイザーを導入。ピコピコした、今でいうクラシックなプログラム音と、エコーのかかったリズムボックスが機械的な反復したリズムの上をフリーキーなサックスが飛び交う「Rain Dance」は、月をバックに、雨乞いの舞いでもするかのようなジャケットのイメージとぴったり合致したサウンド。ジャズやアフリカ音楽を、エレクトリックを導入して昇華させている。こうしたアプローチは、90年代にカール・クレイグやカーク・ディジョージオなど、デトロイトやイギリスから登場するアフロフューチャリズムを継承するDJやプロデューサーたちに影響を与えている。
ハンコックは、60年代から映画音楽を制作していたが、仕事とは別に、大の映画好きだったという。『スタートレック』シリーズはもちろん、『2001年宇宙の旅』(68年)や『サイレントランニング』(72年)など、SF作品からインスパイアを受けることも多かったという。レコーディング風景を撮影した写真が、『Sunlight』(78年)の裏ジャケに使われている。
『Sunlight』(1978)
電子ピアノやムーグ、リズムボックスなど。あらゆる電子機器に囲まれて演奏する姿は、もう宇宙船のコックピットに乗っているキャプテンのようだ。そういう意味を踏まえて、飛行物体を前に進める「推進力」を意味する『Thrust』(74年)で、自ら操縦席に座っているのも、また味わい深い。収録曲の「Butterfly」では、『Sextant』で導入したエレクトリックを、甘味なメロディと交差させ、よりポップスへ仕上げた作品。のちに日本人ジャズシンガーの笠井紀美子が歌い、サンダーキャットやフライング・ロータスらが影響を公言するメロウクラシックになっている。
実はハンコックと同じ70年代、最新の電子楽器を取り入れ、その可能性を示しながら成功した音楽家が、もう一人いる。それがスティーヴィー・ワンダーだ。ムーグやアープなどのシンセサイザーを操り、素晴らしいサウンドを作り上げた。しかし、ハンコックが宇宙や未来を模倣したのとは正反対に、スティーヴィーは『Music of My Mind』(72年)や『Innervisions』(73年)など、徹底して内向的なインナースペースを追求。
聴き比べるとおもしろいので、興味があったらチェックを。
【宇宙的名盤 vol.6】のプレイリスト
Reference
▼ 宇宙名盤 vol.6
・『ハービー・ハンコック自伝 新しいジャズの可能性を追う旅』
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