体感する2021.12.24

【宇宙×ファッション】
極限環境が生み出す衣服のイノベーション

text: uchu-henshubu

宇宙ビジネスの拠点として注目される街・日本橋で開催された「宇宙の仕事」をテーマとしたイベント〈HELLO SPACE WORK! NIHONBASHI〉。イベント期間中にはJAXA宇宙飛行士候補生募集をはじめ、ファッション、クリエイティブ、法律、女性……などなど、あまり知られていない多様な宇宙の仕事・働き方に注目した9つのトークセッションを開催。

本記事では、7つ目のセッション「宇宙×ファッション|極限環境が生み出す衣服のイノベーション」をレポートします。

 

 

宇宙という過酷な自然環境におけるファッションとは? 素材開発をはじめ、身体や行動から導かれる多様なデザイン。近い未来、身近になるかもしれない宇宙環境を想定し、テクノロジーと衣服が融合した、ファッション業界の新たな研究開発やチャレンジを紹介。トークでは実際に宇宙飛行士の宇宙船内服の開発を手がける企業、株式会社ゴールドウィンの大坪岳人さん、シタテル株式会社の河野秀和さん、株式会社ワコールの髙木映子さんをお招きし、宇宙×ファッション領域の現在からこれからの可能性についてお話しいただきました。

 

 

こころに残ったことば

「街で生活していると、環境の変化に対して環境を変えようとしてしまう。

過酷な自然環境化に入ったら、自分自身をフィットさせなくてはいけない」(大坪岳人)

「テクノロジーと衣服の融合。宇宙事業を通じて開発された素材が、地球の過酷な現場でも生かされるためのプラットフォームを」(河野秀和)

「無重力空間では足も“手”のように使い、身体を支えることがとても重要になる。小さな動きへのヒヤリングを通じ、身体を守り動きを邪魔しないためのウェア開発をしていきたい」(髙木映子)

 

 

「ファッションとテクノロジー」、というキーワードから先陣を切ってお話しいただいたのは、多様なスポーツをサポートする素材、ウェア開発を行う株式会社ゴールドウィンの大坪岳人さん。その名からも宇宙を連想する「ムーン・パーカ(MOON PARKA)」は、タンパク質を発酵させて繊維にした構造タンパクを使った衣服。そして長年登山ウェアの開発を行う中、高所登山、局地遠征に挑む研究チームや登山家が実際に着用しながらテストを行い、実際に宇宙飛行士のためにJAXAとともに開発されたのが宇宙下着「MXP」。キーになったのは登山ウェアの開発でも最後まで課題に残った「汗、カラダのにおい」の改善だったと言います。長時間過酷な環境に耐えなくてはいけない登山でのリサーチやフィードバックの蓄積から「山で通用することは地上で通用するけれど、地上で通用することが山で通用しないというロジックを宇宙にも生かした製品」として開発された「MXP」は、今ではタクシーの運転手さん、ホテルの従業員さん、カフェのワークウェアにも使用され、日常のプロダクトにも応用されているのだそうです。そして今回、そういった宇宙事業を通じて開発された素材をさらに多方面に広げる活動をしているのがシタテル株式会社の河野秀和さん。ファッションに関わる人や仕組み、テクノロジーから衣服産業での連携を促進すべく1500社が関わるプラットフォームを構築し、様々な衣服を生み出されてきました。中でも驚きだったのが博多発祥のラーメン専門店として知られる「一風堂」のユニフォーム。火を扱い、においも発生する過酷なキッチンの労働環境を宇宙環境と重ね、JAXAが宇宙事業を通じて開発した素材を用いる他、「KEEP CHANGING TO REMAIN UNCHANGED(変わらないために変わり続ける)」という言葉がプリントから浮かび上がるデザインを、ANREALAGE(アンリアレイジ)森永邦彦氏が手掛けました。河野さんが目指すのは、プラットフォームでの連携を通じたデザイン性と機能性を融合させた新たな衣服のあり方。作って終わりではない、ファッション業界におけるサーキュレーションを見据えていくことが重要だというお話しが印象に残りました。そして今回、インナーウェアを手がける企業としても有名な株式会社ワコールが開発したのが宇宙靴下「アストロソックス」。手掛けたのは8歳の頃から宇宙旅行に行くなら! と宇宙をイメージした服を作り、入社する際のプレゼンテーションでは地上(日常)と宇宙をテーマにした下着やアウターのデザイン、生活スタイルを考案していたという髙木映子さん。製品の開発には、身体の計測や研究を通じたデータの蓄積、宇宙飛行士へのヒヤリングが欠かせないと言います。実際に無重力空間である宇宙においては、手が4本あるような形で、作業をするためにはまず身体をいかに船内に固定するかが大切になる、というヒヤリングを通じて足袋型のソックスを提案。身体の固定を楽にするほか、連日着用でもにおいが発生しにくい素材、打身などで足が痛くならないよう、クッション性のある地厚な靴下にするなど、地球で当たり前のように行われる動作一つへの気づきがとても大切だと言います。最後に「街で生活していると私たちは無意識に環境の変化に対して環境を変えようとしてしまう。けれど、自然に入ったら自然に自分をフィットさせなくてはいけない。何が起きるかはわからない自然環境だからこそ、そこに対応できるようにウェアを開発する」という大坪さんのお話が強く印象に残りました。気軽に足を運ぶことのできない宇宙の環境を想定し、その過酷な環境にどのように人は対応していくことができるのかを考えること。身体を守り、快適な生活を実現するためのファッション業界における技術開発は、地球での生活にも生かされているということに気がつかされたトーク。同時に、身に着ける衣服を通じて宇宙に目を向けることが、地球における生活を再考するようなきっかけにもなるのかもしれません。これからも、宇宙とファッションの関わりから、どのようなイノベーションが生み出されるのか、目が離せません。

 

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