きく2021.11.20

宇宙名盤 vol.1 土星からの使者、サン・ラ

text: Katsumi Watanabe

国内外問わず、宇宙や星をモチーフにした楽曲やアルバムはたくさんある。確かに、まだ見ぬ惑星に想像を膨らませるし、美しい星空はラブソングのテーマにぴったりだ。 しかし、海外の宇宙をテーマにした作品を調べてみると、音楽家のバックグラウンドや社会背景なども色濃く反映されていることがわかった。この連載では、宇宙をテーマにしたアーティストとジャケットを中心に調べてみよう。まず、1940年代から活動する自称・ジャズ界の土星人、サン・ラの音楽と独自のアートワークから。

 

BUMP OF CHICKEN「天体観測」や平原綾香「Jupiter」など、宇宙への憧憬をテーマにした名曲は多い。しかし、宇宙をモチーフにした楽曲のジャケットとなると、その数はグッと減る。しかし、アメリカのポップス史を調べてみると、1950年代以降、アフリカン・アメリカンが残したアルバムジャケットに、宇宙をモチーフにした作品が非常に多いことがわかる。
まず、人間と宇宙の歴史を振り返ってみると、1958年にNASAが設立され、1960年代の米ソ冷戦期はロケット競争が激化している時期。もしかすると、宇宙に関するトピックスが、ポップスの世界にも浸食したのかもしれない。
1940年代からアメリカを中心に世界中で活動し、いまだ伝説として語り継がれているジャズマンがサン・ラ。彼は自らを土星人だと言い続けた。
1914年にアラバマ州で生まれたハーマン・プール・ブラントは、30年代の学生時代にスイングジャズと出会い、音楽大学でクラシックの教育を受ける。当時のアメリカの黒人社会の中で、音楽的に早熟かつ超のつくエリートだったハーマン青年だが、22歳になったある日、宇宙からの啓示を受け(たという理由で)、自らを土星からの使者“サン・ラ”と名乗り始める。当時は戦争や公民権運動など、アメリカの社会情勢が刻々と変化する真っ只中。生真面目なハーマン青年も、夜空でも見上げなきゃ、やってられなかったのかもしれない。本人は詳しい言及をしないまま、1993年に地球を離れた(永眠した)ため、現在でもサン・ラの誕生については、さまざまな推測がされている。
大変な現実よりも、幸福な世界を宇宙に夢想した方がイマジネーションが湧いたのか、初期のサン・ラの作品は、風変わりではあるが、多幸感の強いものが多い。
世界大戦が終わると、サン・ラ自身の音楽活動が活発化していく。コンピレーション・アルバム『Spaceship Lullaby』には、1954年から1960年の間にニュー・サウンズ、スペイス・レイズなど、サン・ラが参加したグループの楽曲が編集されている。“From Space Age Rhythm & Bop”と形容している通り宇宙をテーマにした「Black Sky & Blue Moon」や「Stranger in Paradise」や、暗喩的なメッセージソング「Chicago USA」など。

 

 

サウンド面はニューオリンズやディキシーランドに近く、開放的なコード進行のボーカルジャズだが、パーカッションが前面に出している点を思えば、同時期に『Exotica』(1956年)を大ヒットされていたハワイのピアニスト、マーティン・デニーを彷彿とさせる。まだ見ぬ土星のサウンドスケイプを、遠い南の島のエキゾチカ・サウンドと重ねたのかも。

 

 

今聴けば非常に耳に心地のいいサウンドだけど、ブラックコミュニティではビーバップ・ジャズやブルースが全盛だった時期だけに、非常に斬新な作風だったと思う。
音楽性という点では、『Spaceship Lullaby』の楽曲群が録音された時点で、まだ映画『サン・ラーのスペース・イズ・ザ・プレイス』のような宇宙思想やアフロフューチャリズムという側面は、それほど前面には出てこない。2003年にコンピレーションとして発売された『Spaceship Lullaby』は、瑞々しい初期のサン・ラの楽曲を、少し漫画のような土星行きロケットのジャケットと組み合わせ、1950年代にサン・ラが描いていたような未来世界観をよく物語っている。
サン・ラの強い宇宙思想やアフロフューチャリズムは、吹き荒れるサマー・オブ・ラブ、シンセサイザー、そしてTVシリーズ『スタートレック』が登場する、60年代を待たなければならない。(次回もサン・ラのお話は続きます)

 

<次の記事>宇宙名盤 vol.2 土星からの使者、サン・ラ(続編)

 

【宇宙的名盤 vol.1】のプレイリスト

 

 

・この記事のReference

『Space Is The Place: The Lives And Times Of Sun Ra』

・宇宙編集部のReference一覧

Reference list