特別連載2021.12.01
photo & text Yozo Hirano
出発まであと26日。
今日は朝からしんしんと雪が降っていて、スターシティは辺り一面真っ白になっていた。一番最初にメディカルチェックを受けにきた3月も、たしか雪が積もっていたことを思い出し、過ぎ行く時間の速さに一瞬唖然とした。ここに来て時間の経過が異常に速い。訓練を開始した6月は打ち上げまでまだ半年あるだなんて思っていたけど、いつの間にかもう1ヶ月を切っている。この日記を書いていなければ、日々何をしていたのか記憶も曖昧になるほど、とりあえず目の前の訓練だけを必死にこなしてきた。
でもそんな毎日も、実は今日でほとんど終わりを迎えようとしている。来週の月火は最終試験で、それが終わると最終のメディカルチェックと諸々の儀式的な行事があるだけで、翌週末にはもう打ち上げ基地のあるバイコヌールに移動することになる。実質スターシティでの訓練は今日がラストなのだ。
訓練最終日の今日は、週明けに控えた最終試験のためのソユーズオペレーションのおさらいを行なった。打ち上げ前の準備段階からドッキングまで、そしてアンドッキングからランディングまで。各々が注意しておかなければいけないことを一つ一つ確認していく。例えばシートベルトをどのタイミングではきつく締めておかないといけないだとか、ケーブルの接続部分をちゃんとプロテクトするだとか、ランディング直前の体勢の確認だとか、コミッションが細かく突っついてきそうな箇所を入念にチェックする。
とはいえ、ソユーズ内での僕たちはコマンダーの指示によって動くことが大半なので、試験はコマンダーのサシャ任せと言っても過言ではない。その点において僕たちは完全にサシャを信頼し切っているので、翌週のソユーズオペレーション試験に関しては、ほとんど心配していないというのが本心だ。
そして、モスクワ最後の金曜の今宵、僕たちはサシャを滞在ホテルにお招きして、みんなで一緒にディナーをした。サシャは初めて僕たちのスタッフに会ったにも関わらず、全員の名前を暗記してきていて、一人一人の名前を正確に発音して挨拶した。実は前の日、サシャから僕にメッセージがあり、「失礼のないようにみんなの名前を覚えて行きたいから教えてほしい」と事前にやりとりがあったのだ。それに、何も要らないから手ぶらで来てほしいと伝えていたのに、3人で宇宙服を着て撮影したオフィシャルポートレートの特性ラベル付きのホームメイドウォッカを手土産に持ってきてくれた。
食事中のサシャはというと、みんなからの質問攻めに合い、なかなかゆっくり食事ができなかったかもしれないけど、誰かが話した内容には興味を持ってじっくり耳を傾け、質問されれば自分の体験談やユーモアを織り交ぜながら答え、会話に入っていない人がいれば話題をその人に変え、といった風にさりげない気配り心遣いが、いつものことながら本当に心地良かった。
その日は言うまでもなく、最高に素晴らしい夜になった。こんなピュアでジェントルマンな大人に自分もなりたい(もうとっくにいい大人なんだけど)と思った。西洋人特有のクリッと大きなブルーの瞳ということもあるけど、サシャは本当にピュアな瞳で真っ直ぐに見つめて語りかけてくる。
前澤は、大人になって本当にピュアだと感じられるのは、何かに一生懸命な人からだけだよ、と言った。何かに夢中になって一生懸命になっている人からじゃないと、決してピュアさは感じられないと。
それは間違いないと思った。大人になるにつれていろんな経験をして、いろんなことを覚えて、何かにがむしゃらに向き合ったり、何か一つのことを追い求め続けることが少なくなって、どんどんピュアじゃなくなっていく。これは気をつけてできることでもなくて、今までどう生きてきたか、今どう生きているかが内面から滲み出てくるものなのだろう。
宇宙に行かせてもらえることはもちろん、その前にこんなにも素晴らしい人に出会わせてくれたことに感謝しかない。世界には素晴らしい人たちがきっとたくさんいる。
1985年、愛媛県生まれ。2007年にZOZOTOWNを運営する株式会社「スタートトゥデイ」に入社、フルフィルメント部門の責任者として従事。現在は前澤友作氏のマネージャーと、「スペーストゥデイ」のプロデューサーを務める。