みる2021.12.07
text: Keisuke Kagiwada
photo: Album/Aflo
宇宙が人類の果てなき想像力を掻き立て、あらゆる芸術を活気づけてきたことは言うまでもありません。もちろん映画もまた然り。宇宙にまつわる映画が数多く作られてきたことが、その何よりの証拠でしょう。そんな宇宙映画の魅力に迫る連載。
宇宙映画の元祖と言うべき作品が誕生したのは、1902年のこと。フランス人奇術師ジョルジュ・メリエス監督によるサイレント映画、『月世界旅行』です。
当時は人類が月に行けるとは信じられていなかった時代。なんせアポロ11号が月面着陸に成功する60年以上も前のことなんですから。したがって、物語の枠組みはジュール・ヴェルヌの『月世界旅行』、そしてH・G・ウェルズの『月世界最初の人間』を原作にしていますが、映像化にあたってはそれこそ想像力に頼らざるを得ません。今の視点で観ればリアリティなどなきにひとしいですが、だからこそファンタジックな楽しさに溢れています。技術的にも当時の最先端のことをしていて、特殊撮影(SFX)を駆使した最初期の作品でもあります。現在のスタイルで映画が初めて上映されたのは1895年のことですが、そのわずか7年後にこんな鮮烈な作品が作られていたことに、改めて驚かざるを得ません。
とある学会でメリエス扮する天文学者が月への探検旅行を提案するところから、映画は幕を開けます。この提案は受け入れられ、「いざ月へ!」となるのですが、その際に宇宙船として使用されるのが、中世の戦争で使われるような砲弾型ロケットであるというのがまず面白い。「これで行くのか!」と。
さらに驚くべきは、6人の男を乗せて大砲で発射されたこのロケットは、月にどんどん近づいていくのですが、近づくにつれてこの月に顔があることが判明すること。その上、まぁまぁ怖い。禁煙補助剤「ニコレット©」のCMに出てくるトラウマ系キャラ「吸いたくなるマン」さながらの面立ちです。月の表面の模様は国によって見え方が違い、ヨーロッパでは「カニ」とか「本を読む老婆」に見えるといいますが(日本では「餅をついているうさぎ」ですね)、こんな恐ろしい顔を見出すメリエスはやはりタダ者じゃありません。しかも、ロケットはなんとこの月の顔の右目にブスッと突き刺さる形に着陸するのです。
その後、6人は月面を探索する中で、異星人と大乱闘を繰り広げながらもなんとかロケットに乗り込み、最終的には地球の海に不時着するのですが、その辺りの目まぐるしいイマジネーションの波状攻撃ぶりはぜひその目で確かめてもらえればと思います。なんせ14分の短い作品ですので。
ところで、この作品は長らく白黒だと思われていたのですが、1993年に着色版が見つかりました。だいぶ劣化していたものの、最新技術を駆使して修復され、現在はとても綺麗な状態で観ることができます。この着色版修復の舞台裏については、『月世界旅行&メリエスの素晴らしき映画魔術』というドキュメンタリーに詳しいので、併せてご覧いただくとより作品を楽しめるかもしれません。メリエス自身の人となりについてもよくわかるようになっていますので。さらに言うと、メリエスの晩年についてはマーティン・スコセッシ監督の『ヒューゴの不思議な発明』でも描かれています。
『月世界旅行&メリエスの素晴らしき映画魔術』でとりわけ興味深いのは、出演者の1人であるトム・ハンクスが、『月世界旅行』についてこんなコメントを寄せていることです。「アポロ宇宙計画の原案は『月世界旅行』そのものだ。違いは大砲とロケットの大きさくらいだろう。異星人は仕方ない。メリエスが飛びつきそうなネタだ。しかし、帰還の場面は同じだ。海に落ち、船で運ばれる。これは似ている。怖いほどにそっくりだ」。言われてみれば、たしかにそうかもしれません。本作の原作者の1人、ジュール・ヴェルヌは「人間が想像できることは、人間が必ず実現できる」という言葉を残していますが、『月世界旅行』で想像されたことは、アポロ計画によって実現されたといえるのかもしれません。
この記事のReference
『月世界旅行』