みる2022.01.13

映画は宇宙を目指す。 vol.4『オデッセイ』

text: Keisuke Kagiwada
photo: PictureLux/Aflo

宇宙が人類の果てなき想像力を掻き立て、あらゆる芸術を活気づけてきたことは言うまでもありません。もちろん映画もまた然り。宇宙にまつわる映画が数多く作られてきたことが、その何よりの証拠でしょう。そんな宇宙映画の魅力に迫る連載。

「2026年までに有人火星面着陸を成功させる」。2020年にそう語ったのは、民間航空宇宙メーカー「スペースX」を率いる実業家のイーロン・マスクです。そして、その先に彼が見据えているのが、人類の火星移住。とんでもない計画ではありますが、人類が火星に降り立つ日が近いかと思うと、ワクワクせざるを得ません。

 

ところで、この連載では月にまつわる作品ばかり紹介してきましたが、映画はそれと同じくらい火星への宇宙旅行も描いてきました。『トータル・リコール』『ミッション・トゥ・マーズ』『ゴースト・オブ・マーズ』と数多くの傑作が作られています。しかし、リアリティという面で言えば、2015年に公開された『オデッセイ』に敵う作品はありません。実際、先に挙げた作品たちが荒唐無稽なSFアクションであるのに対し、『オデッセイ』は監督であるリドリー・スコットの言葉を借りるなら「火星でのサバイバルの教科書のような映画」なんですから。

 

舞台は近未来(原作小説『火星の人』では2035年とされていますが、映画では明示されていません)の火星。この星の地表の探査中、NASAのクルーは大砂塵に見舞われます。これでは命も危ういということで、ロケットに乗り込む一行でしたが、強風で運悪く折れたアンテナが、乗組員の一人であるワトニー(マット・デイモンが演じています)に突撃。ふっ飛ばされた彼の死を覚悟したクルーは、後ろ髪ひかれつつもロケットを発射し火星から脱出するのでした。

 

がしかし、です。実はワトニー、生きていたのだから奇跡と言うしかありません。とは言え、次に宇宙船が火星に来るのは4年後。火星にひとり残された彼が、この“逆『E.T.』的なシチュエーション”をサバイブして無事に生還するまでを描いたのが本作です。

 

ではなぜ、「火星でのサバイバルの教科書」と言えるほどのリアリティを獲得し得たのでしょうか。それは本作に登場するテクノロジーの多くが、NASAが開発を進めているものを参考にしているからに他なりません。例えば、アンテナにふっ飛ばされた彼が意識を取り戻し、まず向かうのが居住モジュール「ハブ」です。これ以降、「ハブ」は彼の住居となるのですが、NASAのジョンソン宇宙センターでは、「HERA」という宇宙での生活をシミュレートするモジュールの開発が進められています。

また、植物学者でもあるワトニーは、残された食料だけでは助けが来る前に餓死すると考え、その中にあったじゃがいもを栽培することにします。乗組員たちが廃棄した排泄物を肥料にするという困難を乗り越え(!)、栽培は成功するのですが、この描写も想像の産物ではまったくありません。実際、国際宇宙ステーションには、赤、青、緑の光を使って植物を生産する「ベジ」というシステムが搭載されています。地球から火星に食料を届けようとしたら、速達便でも9ヶ月はかかるため、実際に火星で生活する場合も食物の栽培は最重要課題のひとつなのです。

 

ところで、この栽培にあたって、ワトニーは水を作り出す必要があります。火星には海や川がないからです。彼は科学の知識を駆使してあっさり水を作り出しますが、「いかにして水源を確保するか?」という問題を抱えるのは、国際宇宙ステーションも同じ。「環境制御・生命維持システム」で、尿(!)をはじめとするあらゆる水を回収してリサイクルしたり、「水回収システム」で、水をろ過して再利用したり、この点でもいろいろなテクノロジーがあるようです。とある宇宙飛行士は「昨日のコーヒーが明日のコーヒーになる」と言ったそうですが、一滴の汗や涙も、さらには尿さえも無駄にはできないということなのでしょう。

 

他にもワトニーは自身の持っている科学的な知識を総動員してこの困難に打ち勝たんと奮闘するのですが、本作を「火星でのサバイバルの教科書」として観た場合、もっともためになる学びは「どんなときでもユーモアを忘れずに!」のような気がします。実際、彼は普通だったら絶望のどん底に落ちて帰ってこれないだろうこんな状況下でも、ずっとポジティブなのです。それどころか、楽しんでいる気配すらある。マッド・デイモンは『インターステラー』でも、とある星に取り残されてしまい精神錯乱に陥る天才科学者マンを演じていましたが、ワトニーはそんな片鱗をこれっぽっちも見せません。極限状態を生き抜くには、こういうポジティブ思考こそが重要だというのも、それはそれでリアルな見解だと言えるかもしれません。

 

そう言えば、冒頭に登場してもらったイーロン・マスクはこの映画を観たらしく、Twitter上でこんな感想をつぶやいていました。「火星についてのほぼ正確で楽しい映画。観る価値あり」。本作が彼の念願である火星移住計画に、何かしらのインスピレーションを与えたのかはさだかではありませんが。