みる2022.03.02
text: Keisuke Kagiwada
photo: Everett Collection/Aflo
宇宙が人類の果てなき想像力を掻き立て、あらゆる芸術を活気づけてきたことは言うまでもありません。もちろん映画もまた然り。宇宙にまつわる映画が数多く作られてきたことが、その何よりの証拠でしょう。そんな宇宙映画の魅力に迫る連載。
「すばらしい年だ。黒人がNASAを救い、白人がジャズを救うなんて」。2017年の米アカデミー賞の授賞式で、司会のジミー・キンメルはノミネート作品についてそう語りました。ここで言及されているのは『ラ・ラ・ランド』と『ドリーム』。前者は白人のジャズマンの恋物語を、後者は黒人のNASA職員たちの奮闘を描いています。
冒頭のような指摘がなされたのは、いずれにしてもこれまでのハリウッド映画にはなかった異例の物語だったからに他なりません。とりわけ、『ドリーム』に関しては、原題『Hidden Figures』が示すとおり、史実に基づいているのもかかわらず歴史の表舞台から「隠された人々」の物語。というわけで、今回は『ドリーム』を取り上げたいと思います。
舞台は1961年、アメリカ合衆国における初の有人宇宙飛行計画「マーキュリー計画」が進行中のNASAラングレー研究所。中心的に描かれるのは、そこで計算手として働く黒人女性、キャサリン、メアリー、ドロシーの3人です。当時のアメリカは白人と有色人種の隔離政策がまかり通っていた時代であり、研究所も白人が働く棟と、非白人たちが働くそれが東西に隔てられていました。そんなある日のこと、キャサリンとメアリーに異動の辞令が届きます。幼少期より数学の天才的な才能があり、解析幾何学もこなせるキャサリンは宇宙特別研究本部へ、エンジニア志望のメアリーは技術部に配属されることになりますが、ここでも2人は人種差別的な待遇に苦しまねばなりません。
まずキャサリンは、グループ初の黒人でしかも女性スタッフだったため、有能であるにもかかわらず、周りの白人に無下に扱われます。検算すべき資料が機密だということで黒塗りのまま渡されるばかりか、宇宙特別研究本部がある棟には黒人が使えるトイレすらなく、用を足すために毎回800メートルも移動しなければなりません。メアリーもまたしかり。上司からのエンジニアへ転身をすすめられるほどの仕事ぶりを発揮しますが、そのためには白人専用の高校へ通わねばならないという障壁が立ちはだかります。とき同じくして、計算手のリーダー的存在出るドロシーにも窮地に立たされます。IBMのコンピュータが導入され、計算手がお役御免の危機が迫っていたからです。
痛快なのは、3人がこれにくじけず、才能と努力をフルで発揮し、自らの地位を勝ち取っていくところ。キャサリンはどんどん重要な仕事を任され、メアリーは裁判所に請願書を出して白人専用の高校に通うことを許され、ドロシーはいちはやくIBMの操作方法を学び、なおかつ他の黒人女性たちにもそれを教えて操作係に任命される……といった具合です。とりわけ、キャサリンがそれまで女性の立ち入りを禁止されていたNASAと国防総省の会議に参加し、その場で黒板にチョークで打ち上げ後の着水範囲を算出してみせるシーンにはスカッとせざるを得ません。もちろん、才能があろうがなかろうが、努力しようがしなかろうが、人権は万人に認められるべき権利です。しかし、虐げられていた人が周囲をギャフンと言わせるシーンというのは、どんな映画であろうと痛快なのもまた事実なんではないでしょうか。
そんな彼女たちの頑張りもあり、マーキュリー・アトラス6号がアメリカ初の有人宇宙飛行に成功したのは、1962年のこと。その後、キャサリンは1988年までNASAで働き、2016年には新設された建物が「キャサリン・G・ジョンソン計算研究施設」と名付けられました。「NASAの科学者として働いた最初のアフリカ系アメリカ人女性の一人としての歴史的役割」を評価されたのです。宇宙映画というと、宇宙飛行士たちの物語を思い浮かべがちですし、実際そのとおりだったりします。しかも、主人公の大半は白人男性です。しかし、その打ち上げ成功の裏には、地上で働く縁の下の力持ちが不可欠だったことも忘れてはなりません。そして、その中には黒人や女性がいたことも。『ドリーム』はそのことを思い出させてくれる作品です。