みる2022.01.01

映画は宇宙を目指す。 vol.3『アポロ13』

text: Keisuke Kagiwada
photo: AFLO

宇宙が人類の果てなき想像力を掻き立て、あらゆる芸術を活気づけてきたことは言うまでもありません。もちろん映画もまた然り。宇宙にまつわる映画が数多く作られてきたことが、その何よりの証拠でしょう。そんな宇宙映画の魅力に迫る連載。

1970年4月11日、ジェームズ・A・ラヴェル船長、ジョン・L・スワイガート司令船操縦士、フレッド・W・ヘイズ月着陸船操縦士を乗せたアポロ13号は、第3番目の有人月面飛行を目指し、ケネディ宇宙センターから発射されました。

 

ラヴェルはそれまでに4回の宇宙飛行を経験しており、当時、宇宙の最長滞在記録保持者でした。また、アポロ11号のときはバックアップクルーの船長であり、彼の月面着陸成功を疑う者はほとんどいません。しかし、結論を先回りして言えば、ラヴェルは月の大地をその足で踏みしめることは叶いませんでした。なぜでしょうか。

 

問題が起きたのは発射2日後のこと。酸素タンクが爆発してしまったのです。それ以後も、電力不足、二酸化炭素濃度の上昇、降下用エンジンによる軌道修正などなど数々の問題がクルーに襲いかかり、このままでは月面着陸はおろか、このままでは地球に帰ることすら危ういという状況。しかし、NASA司令塔による綿密な指示を冷静に実行しながら、こうした相次ぐ困難をくぐり抜けたアポロ13号は、当初の目的である月面着陸こそ果たせませんでしたが、地球へと帰還したのでした。

 

全員無事に生還したことから「輝かしい失敗(successful failure)」と呼ばれることになるこのミッションを、ほぼ忠実に映画化したのが1995年の『アポロ13』です。監督は『ダ・ヴィンチ・コード』などで知られるロン・ハワード、主演のラヴェル役はトム・ハンクスが務めました。本作が後の宇宙映画に与えた影響は多大で、宇宙船内のミッション、司令塔における指示、そしてそれを家で見守る家族という3つのレイヤーをエンタテインメントに昇華するという構造は、『アポロ13』によって確立されたと言っても過言ではありません。

 

また、この連載で紹介してきた作品と大きく異なるのは、本作が“実録もの”であるという点でしょう。80年代以降、それまであくまでフィクションとして作られていた宇宙映画界に、実際の有人宇宙飛行の歴史に基づく作品が数多く登場しますが、本作もその中の1本。したがって、これまで以上にリアリティが求められるわけですが、その点も本作は抜かりありません。例えば、航空機を使用して実際に無重力状態を再現して撮影された無重力シーンは、本作が映画史上初めて取り入れたものです。

 

しかし、それ以上に圧巻なのは、アポロ13号を宇宙に打ち上げるサターンVロケットの発射シーンでしょう。大衆が見守る中、カウントが0になると同時に空へと打ち上がるシーンは、精密模型とCGで再現されていますが、実際の映像を混ぜて撮られたのかと見紛うほどリアルな迫力がほとばしっています。この場面を心の中で一緒にカウントダウンしながら観ていると、宇宙映画の醍醐味とはつまるところロケット発車シーンにこそあるのではないかとすら思えてきます。

 

ところで、映画の冒頭にラヴェルがNASAを訪れた人々にサターンVロケットの解説をするシーンがありますが、このロケット開発の指揮をとったのが、“アポロ計画の父”と呼ばれるロシア人エンジニアのヴェルナー・フォン・ブラウンです。彼は若き日に「惑星間宇宙へのロケット」という論文を読み、その著者に師事したことでロケット研究者への道を歩み始めました。ロケットによる有人飛行の可能性を示唆したこの画期的な論考を記したその著者とは、オーストリア=ハンガリー帝国(当時)生まれのヘルマン・オーベルト。実はこのオーベルト、宇宙映画を語る上では避けて通れぬ人でもあります。

 

「惑星間宇宙へのロケット」が発表されたのは1923年のことですが、当時は他の研究者からは非難轟々だったと言われています。そんな中、同論文に目をつけたのが、ドイツ映画界のレジェンドことフリッツ・ラング。彼は『月世界の女』(1929)という宇宙映画の技術アドバイザーにオーベルトを任命したのです。

 

「月には金鉱がある」という今では都市伝説でしかないような話を信じ、ロケットで月を目指す人物たちを描いたサイレント映画ですが、オーベルトが関わっていたからでしょう、この連載の第1回で取り上げた『月世界旅行』とは比較にならないほど、ロケット関係の描写がリアル。実際、ロケットは発射時の熱処理のため水の張ったプールから打ち上げられますし、打ち上げ時の乗組員は加速時の耐Gのため水平ベッドに横たわっています。あるいは、宇宙空間でロケットが切り離される多段式ロケットを採用するなど、現在のロケットと通じる発想が少なくありません。そしてなにより重要なのが、発射時にカウントを取るというアイデアが、この映画で初めて登場したものだと言われてること!

 

『アポロ13』に、ただならぬ興奮を呼び覚ますロケット発射時のカウントシーンがあるのは先述のとおりです。これは実際にNASAがそうしているからですが、カウントダウン自体は実務的に不必要だという話をよく耳にします。実際、初期のロシアにおける打ち上げでは、カウントダウンはなかったと言いますから。もしかすると、現在まで続く発射時のカウントダウンは、『月世界の女』に触発された、映画発信のアイデアだったのかもしれません。こんなところにも、映画と宇宙開発の親密な縁は見いだせるのです。